一宮市イベント情報:~第15回 杜の宮市~2015


今から17年前、一人の男が高く厚く固い行政の壁に立ち向かった。

勝ち取った戦果は公共の公園(大宮公園)での「音楽ライブ」(どすこいライブ)開催。

翌年には市役所前の公園(新柳公園)で「ビアホール」(にぎわい広場)開設。

その翌年、2年にわたるイベントプロデュースと運営の実績が認められ

政教分離の建前で行政が深い関わりを避ける

真清田神社境内で開催されたのが「杜の宮市

一宮市で初めての「市民の市民による市民のためのイベント」である。

一宮村と一色村の合併で一宮町となって以来合併を繰り返してきた一宮市。

一般に一宮市は真清田神社の門前町と紹介されているが、

真清田神社の祭神・天火明命は、海部(あま)氏・尾張氏の氏神であり

現在の一宮市の行政区分にまで崇敬者を持つ神社であったとは信じがたい。

単に最初に名の残った一宮村の名称をそのまま引き継いでいるというのが真相だろう。

今でも一宮市民の心の中にある市の範囲、生活区分は行政のそれに追いついていない。

駅の高架工事により名鉄一宮駅の改札がJRと分離されるまで一宮駅の西側は

駅裏」とよばれ蔑まれていた。

今でも連区という名で分割された行政区分では市民の連帯感などほど遠く

閉鎖的で排他的な感情が息づいている。

その原因のひとつに考えられるのが

全市が一丸となる「祭り」が無いことではなかろうか。

お隣の稲沢市には学校や会社が休みになる

はだかまつり」という「神事」がある。

人は神事により土地の神と一体となる。

一宮には七夕まつりがあるではないかと思われるが、

一宮七夕まつりの原点は

真清田神社の神事ではなく「本町商店街」振興の集客装置である。

織物感謝祭と称され一応神事もあるが服織神社

造営されたのは昭和40年。

七夕まつりが始まった昭和31年から遅れること10年、商業的色合いが濃く、

江戸初期に藩祖伊達政宗

婦女に対する文化向上の目的

各戸で奨励した七夕が風習となった仙台七夕まつりとは

歴史と起源が大きく異なる。

そんな真清田神社に2万人もの集客ができるほどに育った

杜の宮市

選挙で改革や変革を声高に叫び敗れ去っていく人たちにこそ

「杜の宮市」15年間の軌跡を見直していただきたい。

一宮市民が求めているものは変化や改革なんかじゃない。

同じ町に住む一体感であり安心感だということを。

混ざり合い、支え合うまちへ

継続は力なり。

17年前の偉大な小市民の小さな一歩がまた今年も歴史の一歩を刻むのだ。

杜の宮市HP

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